〇第5:薬草喩品
この品の中心となるのは、〈三草二木の譬え〉です。この譬えは、「草木にはさまざまな種類があるけれども、天の雨の恵みを受ける点においては平等である。一面から見れば、同じ雨を受けても、それぞれの性質に応じて違った生長のしかたをし、違った花を開き、 違った実を結ぶので、差別があるように見えるけれども、それぞれ自分のもちまえを十分に発揮するという点においては、まったく 平等なのである」ということが説かれています。これは、表面的には<仏法の救いの、形の上に現れた差別相と、根本における平等相> を説かれたものですけれども、現代のわれわれはこの譬えから<人間における根本の平等相と、現象の上の差別相と、その両方を よく認識するのが正しい智慧である>という教訓を読み取らなければなりますまい。そしてそこから、「この世は、千差万別の人間が 集まって、各人がそれぞれのもちまえを十分に発揮し、それらのはたらきが大きく調和してこそ、住んでおもしろい、そして生々発展 する社会になるのだ。ゆえに、形の上の差別相によって人を軽蔑したり羨んだりせず、あるいは自ら高ぶったり卑劣になったりせず、 自他のもちまえを真に生かすことを考えるべきである」という指針を確立しなければならないのであります。
第6:授記品(じゅきほん) へ
この品の中心となるのは、〈三草二木の譬え〉です。この譬えは、「草木にはさまざまな種類があるけれども、天の雨の恵みを受ける点においては平等である。一面から見れば、同じ雨を受けても、それぞれの性質に応じて違った生長のしかたをし、違った花を開き、 違った実を結ぶので、差別があるように見えるけれども、それぞれ自分のもちまえを十分に発揮するという点においては、まったく 平等なのである」ということが説かれています。これは、表面的には<仏法の救いの、形の上に現れた差別相と、根本における平等相> を説かれたものですけれども、現代のわれわれはこの譬えから<人間における根本の平等相と、現象の上の差別相と、その両方を よく認識するのが正しい智慧である>という教訓を読み取らなければなりますまい。そしてそこから、「この世は、千差万別の人間が 集まって、各人がそれぞれのもちまえを十分に発揮し、それらのはたらきが大きく調和してこそ、住んでおもしろい、そして生々発展 する社会になるのだ。ゆえに、形の上の差別相によって人を軽蔑したり羨んだりせず、あるいは自ら高ぶったり卑劣になったりせず、 自他のもちまえを真に生かすことを考えるべきである」という指針を確立しなければならないのであります。
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