〇第13:勧持品(かんじほん)
この品の中心は、もろもろの菩薩が「どのような迫害や困難をも耐え忍んで、この教えを守り、 説き広めます」と誓う、章末の偈にあると言っていいでしょう。特に「わたくしどもは命など惜しい とは思いません。ただこの無上の教えに触れない人が一人でもいることが、何より惜しいので ございます」という一言は、深く思惟し、記憶すべきでありましょう。法華経行者の<不惜身命>と いう合言葉は、ここから出たのです。 今日では、法華経を説き広めるからといって危害を加えるような者はいなくなりました。それゆえ、 最大の法敵は世人の<宗教に対する無関心>及び<無知>ということになりましょう。その<無関心> と<無知>にうち勝つためには、「自分自身の時間や労力などを惜しいと思わない」というのが、 現代の法華経行者の<不借身命>でありましょう。
第14:安楽行品(あんらくぎょうほん) へ
この品の中心は、もろもろの菩薩が「どのような迫害や困難をも耐え忍んで、この教えを守り、 説き広めます」と誓う、章末の偈にあると言っていいでしょう。特に「わたくしどもは命など惜しい とは思いません。ただこの無上の教えに触れない人が一人でもいることが、何より惜しいので ございます」という一言は、深く思惟し、記憶すべきでありましょう。法華経行者の<不惜身命>と いう合言葉は、ここから出たのです。 今日では、法華経を説き広めるからといって危害を加えるような者はいなくなりました。それゆえ、 最大の法敵は世人の<宗教に対する無関心>及び<無知>ということになりましょう。その<無関心> と<無知>にうち勝つためには、「自分自身の時間や労力などを惜しいと思わない」というのが、 現代の法華経行者の<不借身命>でありましょう。
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