〇第2:方便品
 この品は、第十六番の《如来寿量品》と共に、昔から法華経の大きな中心をなすものとされてきました。その中でも最大の要点は「相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等」という〈十如是〉の法門です。つまり「すべての存在や現象は、形や性質やそれそのものの実体、その実体がもっている力や作用に、さまざまな原因(因)と条件(縁)がはたらいてこそ生ずるもので、けっして固定的・恒常的なものではなく、原因(因)と条件(縁)の違いによって、違った結果(果)と影響(報)が現れるものである。そうして、それらの変化は一定の法則にもとづいて起こり、現象の上では千差万別に見えても、実相においては初めと終わりが一貫して等しいものである」という真理です。  この真理からさまざまな大切な教えが導き出されますが、なかんずく最も重要な教えは、「われわれ人間の性格・才能等もろもろの属性(本来もっている性質)は、けっして固定的・恒常的なものではなく、善い方へも悪い方へも変えることのできるものである」ということです。これこそが人間にとって最大の救いであり、希望であります。そして仏教は、この真実にもとづいて、すべての人間をを〈仏〉という理想のあり方へ近づけようとするものなのであります。  もう一つこの品の大事な教えは、〈方便すなわち真実〉ということです。方便とは「正しい手段」という意味ですが、人間ともすれば、深遠な哲理とか根本の真理とかを学びますと、つい日常の一々の行動や現実の手段などを軽く見るようになりがちです。いわゆる大乗仏教を学ぶ人にもそのような傾向があり、その人・その場の現実に即した救いをもたらす〈方便の教え〉を軽んずるようになりやすいのです。そこでお釈迦さまは、「方便の教えもすべて仏法の根本真理に根底を置いているのだから、それはそのまま最高の悟りへの道程である。そして、一言『南無仏』と称えるような小さな行為も、仏となる道にまっすぐつながっているのだ」ということを、この品で強調しておられるのです。これを学問・技術そのほか世間一般のものごとにおし広めて言えば「真実は一つだが、それに到達する手段には多くの種類と段階がある。その一つひとつを軽んずるようなことでは、けっして最高の境地へ到達はできない」ということを教えられているわけです。

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