〇寸鉄 〇

泉谷閑示氏の著書『**反教育論 猿の思考から超猿の思考へ**』(2013年)

現代の教育、しつけ、子育ての「常識」に対し、精神科医の視点から**強烈な批判**を展開し、**人間らしい真の思考**を取り戻すための道筋を探る作品です。 この本は、現代社会に蔓延する**「思考停止」**状態が、幼い頃から受けてきた**「正しい」とされる教育やしつけ**によって生み出されていると論じています。

1. 現代教育への根本的な問題提起 🛑

### 「良い子」ほどダメになる構造 著者は、クリニックを訪れる多くのクライアントが、**「生きる目的がわからない」「したいことがない」**といった悩みを抱えていることに注目します。そして、彼らが皆、**「従順なよい子」**として育てられ、**自発性や能動性を去勢**されてきたという共通点を見出します。 * **大人の矛盾**: 親や教師は「自律した人に育ってほしい」と言いながら、実際には「言うことをよく聞く従順な子」の振る舞いを期待し、その期待に応えようとする子どもは、**内なるエネルギーを抑圧**されます。 * **「正しい」の罠**: **「好き嫌いはいけない」「わがままはダメ」「嘘はつかない」「基礎が大切」**といった、一般的に正しいとされる常識が、結果的に子どもから**思考の芽**を摘み取り、**効率的・合理的な考え方しかできない人間**を生み出していると批判します。 ### 「経験」の剥奪 親が子どもに先回りして、**苦労、失敗、無駄**を取り除いてあげることは、子どもにとって最も大切な**「経験」を奪う**ことになります。この経験の剥奪が、**自発的な思考力**の成長を阻害します。

2. 思考の類型:「猿の思考」と「オオカミの思考」 🐒🐺

本書では、人間の思考を理解するための対比として、**「サル」**と**「オオカミ」**というキーワードを提示します。 ### 猿の思考(現代人の思考停止状態) * **特徴**: **「目的」「価値」「意義」**といったものを重視し、**正しく、無駄なく、効率よく**物事を処理しようとする思考。これは、**目の前の具体的な経験から抽象的な本質を抽出するプロセス**を省略し、**既存の知識やプロセス**に依存します。 * **弊害**: **記憶力**や**流動性能力**の測定ばかりを重視する現代教育は、この猿の思考を助長し、**単なる処理能力**しか持たない人間を生み出します。 ### オオカミの思考(野生に裏打ちされた理性) * **特徴**: 生き物としての**本能や感情**(内なる野生)に裏打ちされた、**具体的・個別的な問い**に端を発し、そこから**問題の本質**を自力で抽出しようとする、**能動的で自発的な思考**です。 * **重要性**: 今の「正しい子育て」や教育は、この**野生的な本能とその感情を抑圧**してしまいます。真に思考するためには、抑圧された自己を解き放ち、**内なる野生**を取り戻すことが必要です。

3. 「超猿の思考」を目指すヒント ✨

泉谷氏は、現代の苦境を乗り切るために、**「猿の思考」を超越した思考**、すなわち**野性に裏打ちされた理性**を目指すことを提案します。 * **秘密と自立**: 仲の良い「友達親子」の関係や、秘密を持たないことを強要する環境は、**個人としての領域**を侵し、自立を妨げます。**個人であるからこそ、秘密を持つことが自立の第一歩**であると強調します。 * **基礎と応用の関係**: 一般に「基礎があって応用が生まれる」と考えられますが、人間の思考は、**具体的な問い(応用)**から始まり、そこから**問題の本質(基礎)**を抽出する順番で進むと説き、**経験**の重要性を改めて提示します。 * **絶望と自由**: **「病気や苦しみに直面したとき、ポジティブ思考を求める」**という一般的な傾向を、少数者の違和感を圧殺する既成概念の罠だと批判し、**絶望や欲望**を突き詰めることこそが、**自由や愛**といった根源的なものに到達する**逆説的ならせん思考**であると勧めています。 本書は、**「善意の押し付け」**や**「正しさの追求」**がもたらす弊害を浮き彫りにし、**自分の人生を生きるための自立した思考**とは何かを問い直す一冊です。